教えるときの心がけ 他の人に何かを教えるというとき、私たちは何を心がけたらいいのでしょうか。 職業として毎日教えるとき、 たまたまちょっとしたことを教えるときなど、 いろんな「教えるとき」がありますが、 そのときのヒントとなることを少し書いてみようと思います。 あなたの何かの助けになれば幸いです。
このページは、読者からの質問をきっかけとして書きはじめました。 メールを送ってくださった福島さんとテレサさんに心から感謝します。
(1999年6月20日)
何もないところから、いきなり教えることはできません。 教える前にやるべきこと、というものがあります。 教える側と、教えられる側の両方に。
教える前に、学ぶ 教師は教える内容をよく知っていなければなりません。 当然のことなのですが、意外に忘れがちなことですね。 教師は教える内容を、教える前に自分で十分に学んでおく必要があります。
しかし、自分の準備が完全になるまで教えはじめない、 という態度も正しくはありません。 なぜなら準備が完全にできることはありえないからです。 どんな質問が出ても、どんなことを聞かれても、 完全にすらすらと答えられるように準備しようと努力することは素晴らしいことですが、 その準備ができなければ教えはじめない、という態度は正しくないのです。 完全な準備に固執するのは「熱心な態度」というよりも「生徒に対する恐れ」のゆえではないでしょうか。
十分に準備しましょう。可能な限り時間を使って準備しましょう。 けれども、準備はあくまで準備にすぎません。 いつか準備を打ち切って「教えはじめ」なければなりません。 勇気をもって。
「教える内容」だけではなく、「教える順序」にも気を配りましょう。 簡単なメモで構わないので、教える順序を紙に書いてみましょう。 そしてできれば、前もって教える練習をしてみましょう。 教えるとき、アドリブが必要になることもありますが、 入念な準備をおろそかにしてアドリブばかりしていてはいけません。
どんな小さなことを教える場合でも、それなりに準備をしましょう。 小さなことをおろそかにする癖がついていると、 大きなこともどこか穴があくものですから。 他の人から愚かだと思われようとも構いません。 愚直に、やるべき準備を淡々とやりましょう。
その努力が生徒の理解の助けとなるのです。
教える前に、自分を整える 教える前には自分を整えておく必要があります。
気がかりなことはありませんか。 資料のこと、会場の明るさ、空調の効き具合、時間のこと、 その他、何でも気にかかっていることはありませんか。 可能な限りそれらは前もって解決しておきましょう。 自分が教えることに集中できるように、 前もって段取りをよくしておきましょう。 必要があれば、他の人に気になることを伝えて解決してもらいましょう。
前の日に準備していたとしても、直前に全く他のことをしていてはいけません。 準備した資料に目を通したり、もう一度教える順番のメモに目を通したりして、 ウォームアップをしておく必要があります。 前の日の準備は、いわばハードディスクに入っているようなもの。 あなたの頭のメモリーにはまだ読み込まれていないのです。 ですから、せっかく入念な準備をしていても、直前の自分の整え方で、 大失敗に終わる場合だってあるのです。
あなたがクリスチャンなら、教える直前にはよく祈りましょう。 自分の我力で教えないように。
教える前に、相手を整える 生徒が聞いていなくては、何を教えることもできません。
あなたは魔法使いではないのですから、 生徒が聞いていないのに、生徒に何かを伝えることはできません。 生徒が聞いていないのに、あなたが一方的に話しても、 それは何の意味もありません。
ですから、まず、生徒の意識を自分に向けさせ、 学ぼうとしていることに向けさせる必要があります。
効果的なのは「枠からはみでること」です。 思い切ってはみ出ることで、生徒の意識は変わります。 講壇の上にいるなら、講壇から降りて生徒の前に歩んでいく。 講義口調ではなく、普段着のセリフを話す。 教える内容ではなく、今日のみんなの関心事を話す。 大きな声を出す。小さな声を出す。 グッズ(人形・模型・本・おもちゃ)などを見せる。 そんなちょっとした工夫で、生徒の意識は驚くほど変化します。
でも、おふざけをやっているわけではないのですから、 そのような「枠からのはみだし」も、 ちゃんと今から教える内容に結びついていてほしいですね。 そこは、あなたの腕の見せ所。
生徒の準備が整っていないのに、急に内容に入ってはいけません。
教えているとき、あなたは演技者です。 生徒という観客の前に立ち、演技を続けなければなりません。 あなたの語る言葉や、あなたの身振り手振り、あなたのすべてが 観客の前にさらされています。 そしてあなたはそのすべてを通して教えているのです。
ここは舞台、あなたは演技者 あなたは演技者ですから、生徒という観客を引きつけなければなりません。 観客はすぐに気をそらしてしまいます。 つまらなければ退屈し、飽きてしまいます。
教師は自分の教えている内容をおもしろがらなくてはなりません。 教師がつまらないと思いながら教えていても、 生徒がおもしろいと思うわけがありません。 かといって、教師がひとりよがりしていたら、 生徒はいっそう飽き飽きするでしょう。
えっ、つまらない内容を教えなきゃいけないときもあるって? そーゆーときにも、枠を飛び越えましょう。 内容はつまらなくても、教え方をおもしろがることができるように。 そしてまた、生徒と「ここ、つまらないよね」と感覚を共有しながら楽しめるように。
あなたは演技者なのですから、大嘘をついても構いません。 もしもそれが生徒の理解を助けるならば、ね。 わかりやすく教えようとするとき、 そこにはいろんなレベルでの取捨選択やデフォルメが入ります。 事態を単純化したり、例外をわざと隠して教える必要があります。 はじめから、
「AはBでもあり、Cのときもあるけれど、Dだったりもするし、Eかもしれない」
と言われても、生徒は混乱するばかり。はじめのうちは
「AはBである」
と言い切ってしまってもよいのです。この文が生徒の心にしっかりなじんでから、 CやDやEの話をしてもいっこうに構いません。